『ゆる里 道のおく』の玄関
石材の産出が多く上質な花崗岩の産地として有名な小豆島。江戸時代には大坂城築城の際に、石垣に使う石を小豆島から運び出した。小豆島の東海岸に位置する岩谷地区は島内で最大規模を誇る「天狗岩丁場」に、切り出す前の石である「たね石」や、切り出して残った部分の「そげ石」が今でも約666個も残る。そんなタイムカプセルのような石丁場のある集落に佇むのが、古民家を再生した一棟貸しの宿『ゆる里 道のおく』だ。オーナーの岡本知里さんが築約90年の古民家を改修して、2019年にオープンした。
縁がつながるようにはじまった民泊
オーナーの岡本知里さん
岡本さんは大阪生まれ。両親が香川県出身で、20代の終わりに自転車で小豆島八十八ヵ所を巡り、ご縁があり小豆島で本格的に暮らすように。元々古い建物や神社仏閣、古いものが好きだった。民泊をはじめたきっかけは知り合いの空き家を引き取ることになったこと。ひとまずボロボロだったのでリフォームしたが、使い道は考えておらず、最初はイベントスペースのように運営し始めた。その後、訪れた人に「ここは民泊にしたらいい」と言われたことをきっかけに、民泊をはじめたという。親の介護をしながら宿の運営と忙しい日々を過ごしながらも、宿泊客との出会いを楽しんでいる岡本さん。
築約90年の古民家を再生した『ゆる里 道のおく』
岡本さんが宿の中を案内してくれた。アート作品や古いものを活かした調度品が目を惹く室内。小豆島在住の作家の作品も飾られている。リビングには薪ストーブも設備。最大7人が宿泊できる。
部屋の一角で見つけた、切り絵と石にコアガラスを乗せた作品。それぞれ、切り絵作家の柴田あゆみさんとガラス作家の田上惠美子さんが制作したものだ。どちらも過去にゆる里に宿泊されたご縁で飾っている。田上さんの作品は、田上さんが岩谷の海岸で拾った石で制作したそう。触れると「チャリン」と音がする。
広々としたキッチンがあるので、島で調達した食材や調味料を使って料理も楽しめる。スーパーやコンビニは宿から車で約10分。キッチンで一際目立つのは、役目を終えた醤油樽の底板で作られたカウンター。古いものが好きな岡本さんの遊び心がそこかしこに散りばめられているのを感じた。
中にはここに泊まったことがきっかけで、島で暮らしたいと、古民家を購入した人もいる。
-「子連れのお客さんは海岸に出て、子どもたちが石を拾って遊んで喜んでいました。日の出がすごく綺麗だったと言われることも多いです。夜は星空も綺麗なんですよ。波音も穏やかですしね」
石をテーマにした海辺の宿『ゆる里 海のまえ』
2023年には、海側に『ゆる里 海のまえ』をオープンした。こちらは窓から一面に広がる海の景色を楽しめる。ウッドデッキならぬ石のデッキを造ったり、石の花瓶を飾ったり、石をテーマに設えているそうだ。最大宿泊人数は5人。
洋風にリフォームされたキッチンとリビング。ダイニングで食器を並べる人、キッチンで料理する人が、おしゃべりしながらワイワイと過ごせそう。
和室からも海を眺められる。朝陽差す中で目覚め、窓から海が見える……なんて贅沢なシチュエーション。
さらに、和室からつながるのは石造りのデッキ。晴れた日には遠くに淡路島が見える。春秋はここで椅子に腰掛けコーヒーを飲んだり、ビールを飲んだりと楽しめそうだ。
宿の周辺で歴史探訪
天狗岩丁場
ゆる里に宿泊した際は、ぜひ石の歴史が感じられる散策も楽しんでみてほしい。ゆる里から歩いて約10分ほどで天狗岩丁場の入り口に着く。そこから山側へ登っていくと、約10分で高さ約17メートル、推定重量1,700 トンにもなる巨石「大天狗岩」が聳える。実物を見た時には圧巻の迫力を感じられるだろう。岡本さんは天狗岩丁場の平らな岩場のスペースで友達とお茶をしたり、ランチをしたりすることもあるそう。
天狗岩磯丁場
一方で、天狗岩丁場から降っていくと、ゆる里の前の海岸には天狗岩磯丁場が残る。石を切り出す時にノミを入れた矢穴の跡が残る残念石が今でも浜辺に横たわり、独特な風情を作っている。干潮時には、石を船に乗せる際に船を係留する石柱として用いられたと考えられる「かもめ石」が海から顔を出すのが見られるだろう。
悠久の時が流れる岩谷の集落を、ぜひじっくり滞在して味わってみてほしい。海を眺めたり、波音を聞きながら浜辺を散策したり、石丁場を巡ってみたりしても、特別なひとときを過ごせることだろう。
インタビュー:2024年3月
「ゆる里 道の奥」「ゆる里 海のまえ」オーナー岡本千里
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「ゆる里 道の奥」
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「ゆる里 海のまえ」
<筆者プロフィール>
坊野 美絵。大阪生まれ。2013年に香川県小豆島に移住。文と写真で魅力を伝えることを大切にライターとして活動中。香川県を中心に観光・医療・事業承継・農業などテーマはさまざまに取材記事を書いています。
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