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石の島コラム

日本近代化の礎を築いた石の聖地へ(笠岡市編)

石の島コラム
日本近代化の礎を築いた石の聖地へ(笠岡市編)
日本の島へ足を運ぶようになってから、観光スポットの有無はさておき、そこにどんな歴史や文化があって、どのような人たちが暮らしているのか気になるようになった。日本は大小あわせて6,852の島がある。そのどれもが違う。目と鼻の先にある島であれ、一見似ているようでも、その風光も、自然の植生も、地質も、文化や伝統も同じではない。そして、島の人の暮らしも。



香川県の讃岐広島で、よくこんな言葉を耳にした。
「ここは石の島やけん。だけどすぐそこの北木も、石の島でな。先祖がそこに修行にいっとった」
 岡山県笠岡諸島の北木島。県は違うが、瀬戸内海では距離にして近い。
石材産業の最盛期、島の人の9割が石切、加工、出荷、海運など「北木石」にかかわっていたという石の島。讃岐広島の石工が技術を学びに行く修行の島。
その印象から、どことなく「石の聖地」というような気がしていた。
その後、北木石は、江戸時代から大阪城など城郭の石垣に使われ、明治時代以降は靖国神社の大鳥居や日本銀行本店など名だたる重要文化財に使われていることを知った。日本近代化の流れのなかで、次々と歴史的建造物の礎となっていたのだ。

日本銀行本店本館

笠岡港から船で1時間。海岸線には岩肌を削り取ったような丁場の跡が目立つ。全盛期の昭和30年〜40年には島の中に127の丁場と100を超える加工屋があったという。しかし、明治時代から絶えず採石し続けているのは鶴田石材のみ。

北木石の丁場


「どっひゃー。この深さ!」
 昨年から毎日昼間だけ一般公開している鶴田石材の“石切りの渓谷展望台”に来た。事前に予約して、鶴田石材の関谷正史さんの案内をうける。明治25年から採石されている丁場は、展望台から真下に60メートルも掘られ、海面下70~80メートルも地下に掘られている。地球の内部が顕となり、切り出された巨大な花崗岩がゴロゴロと転がっている。これが人と自然が長く共生した姿であり、想像を超える絶景が作り出されたということだ。

鶴田石材株式会社の関谷正史さん

今は、関谷さん含め二人の石工で採石しているそうだ。絶壁の岩肌に掛けてある、いくつものはしごを毎日数度上り下りして。同じ日本でいて、かくも違う生き様に出会い、胸打たれる思いがする。
 「昔はね、島中から石を切り出す音とか、石工の石切唄なんか聞こえてね、賑やかだったそうですよ」
 トントン、石切のリズムに乗って、即興で歌う石工の声。海風に乗って、遠い過去から聞こえてきそうな気がした。


かつて石工だったおじいちゃんに出会った。
昔は海沿いにたくさんの丁場があって、切り出した石をそのまま石切り船に乗せて、あちこちへと出荷したという。
「それも島だからこそできたの」と、おじいちゃんは誇らしげ。たしかに巨石を陸路で運ぶのは難しい。海路だからこそ、遠方まで運ぶことができたのだ。
「あとね、忘れちゃいけない。北木石を世に広めたのは、畑中平之丞さんよ」
 畑中平之丞は、全国あちこち飛び回っては北木石を広め、島では採石方法を考えたり、石の売り先を見つけたりと島のために活動した人だ。

北木島の豊浦港に、石材の廃工場を活かした複合施設「K’s LABO」がある。カフェのほか、石の歴史を伝えるストーンミュージアムがあり、畑中平之丞の活動ふくめ、北木石の発展と島の暮らしなどを紹介している。



畑中平之丞さんの紹介パネル

石材産業だけではこの島の未来は難しいかもしれない。だけど、石を中枢に育まれた人の暮らしと歴史的な功績は決してなくならない。「それを未来に語り伝えていきたい」と、おじいちゃんは今、石の歴史を観光客に教えるため勉強中だと言った。
兵どもが夢の跡――。
そうとも取れる島の現状ではあるが、遠くない未来に、日本近代化の礎を築いた石材産業の軌跡は、より多くの人へと語り継がれ、長く後回しにしていた「観光」としての魅力が爆発していくことを願わずにはいられない。

それから、北木島と同じ航路の島々も行ってみると、その違いに驚くだろう。昔から観光の島である白石島では、巨石や奇岩が露出しており、国指定の名勝となっている。島に点在する巨石は信仰の対象として島の人の精神文化と深く結びついている。



猫とたくさん出会える真鍋島では情緒的な家並みがノスタルジックで、近年外国人観光客が増えている。真鍋家住宅や現役の木造校舎も見ておきたい。そして、移住者を増やし、観光も頑張ろうと意気込むモトエカフェの存在は大きい。




笠岡諸島の魅力は、これからふたたび花開いていくに違いない。




旅作家・旅女 小林 希 プロフィール


旅、島、猫を愛する旅作家/元編集者/Officeひるねこ代表/離島アドバイザー/日本旅客船協会「船旅アンバサダー」
1982年生まれ、東京都出身。在学中写真部に所属。
2005年サイバーエージェントに入社、出版社に配属。2011年末に出版社を退社し、世界放浪の旅へ。
1年後帰国して、『恋する旅女、世界をゆくー29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)で作家に転身。主に旅、島、猫をテーマに執筆活動・写真活動している。著作など多数。
また、瀬戸内海の讃岐広島に「ゲストハウスひるねこ」をオープンするなど、島プロジェクトを立ち上げ、地域おこしに奔走する。現在海外65カ国、国内100島めぐる
年150日は東京以外の他拠点生活。旅でみんながつながるオンラインサロン『しま、ねこ、ときどき海外』を運営し、サロンメンバー(ひるねこ隊)の隊長として、さまざまな旅企画など実行中。女性誌『CLASSY』やデジカメWatch、ペットゥモローなどで連載中。
2019年11月より一般社団法人日本旅客船協会の船旅アンバサダーに就任。海事観光、船旅を盛り上げるべく活動している。

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